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いしいたけしのブログ

フィリピンの幼い子どもが向き合う理不尽な現実

投稿日:2018年12月18日 更新日:

施設で暮らす子どもたちにとっての家族という存在

僕は以前、フィリピンの田舎にある子どもの施設に住み込みで働いていました。

その施設に暮らす子どもたちは、みんなそれぞれに事情があって家族と生活することができていません。

貧困だったり、ネグレクトだったり、虐待だったり、親が罪を犯していたり…

そんな施設で子どもたちと一緒に生活をしていて最初に衝撃だったのは

子どもたちが離れて暮らす親を愛していたことです。

多くのフィリピン人はクリスチャンで食事の前に必ずお祈りをします。

お祈りでは食事への感謝に加え、日々の感謝や願いを口にするんですが、

みんな離れて暮らす両親の健康や幸せを願っていました。

自分をひどい目に合わせた人たちなのにもかかわらずです…。

子どもたちにはおそらく家族に対して2つの感情があるんだと思いました。

ひとつは家族をなにより大事に思う気持ちです。

ほぼ全てのフィリピン人の生き方の軸には「家族がある」と言っても過言でないくらい、

彼らは家族を大事にします。

(それなのになぜ虐待をするのか?という話は下記をご覧ください。)

家族を大事にするフィリピン人がなぜ子どもを虐待するのか?

そして、同じ様に子どもたちもどんな親であろうと世界で他には存在しない両親を心から愛しています。

例え自分を傷つけた親だとしても…。

そしてもうひとつは、

強烈な家族への憧れです。

離れて暮らすからこそ思いは強くなり、学校で家族と暮らす同級生を見たりして憧れも強くなります。

施設で暮らす子どもたちにとって家族というのはとてつもなく大きな存在なのです。

母親の裏切り

ある日のことです。突然ひとりの母親が子どもを訪ねて施設へやって来ました。

学校から帰って来たその子は、母親の存在を見て一瞬驚いていたものの抱擁を交わし、

数年ぶりの再会を2人ともとてもうれしそうにしていました。

僕もフィリピン人スタッフもその様子を見て心がほころんだのを覚えています。

ほんとうは事前連絡なしに勝手に施設に来てはいけないのですが、

スタッフは2人きりで一晩一緒に過ごせるように空き部屋を用意しました。

そして、その日の深夜のこと、

誰かの怒鳴り声と子どもの泣いている声がして僕は目を覚ましました。

外に出ると昨日施設に来た母親が家に帰ろうとしており

子どもが「なんで?なんで帰るの?」と疑問をぶつけながら必死に引き止めていました。

そのときその場にいたスタッフが母親の荷物が来たときより増えていることに気づいて

カバンをとりあげて中身を確認しました。

そこにはその子の洋服やぬいぐるみが入っており、

母親はそれを盗み出そうとしてました。

子どもは母親の理解し難い行動に驚きとショックを受けていました。

結局母親は子どもとスタッフの静止を振り切りそのまま怒った様子で帰ってしまいました。

自分ではどうしようもできない困難

その子どもは一度親に捨てらるような形でこの施設に来ました。

しばらくして、母親は笑顔で子どもに会いに来てくれました。

それは子どもにとって待望の再会でした。

しかし、わけもわからない形で子どもは再び親に裏切られました。

そのショックは相当だったと思います。

なんの意味があってこんなことが起こるのか!?

その子が受けた残酷な仕打ちを目の当たりにし、僕はこの世界の不条理や不平等に対する怒りを感じていました。

翌朝その子は複雑な表情を見せながら、他の子たちと一緒に学校へ行きました。

しかし学校から帰って来る頃にはいつもの笑顔が戻っていて、

きっと心には色んなものを抱えていたかもしれませんが、それからは普段の日常を過ごしていました。

僕はその様子を見て少し安心すると同時に、

ずっと親と離れて暮らして来たこの子は、

これまでも自分でどはうしようもできない困難とたくさん向き合い、

苦しみながらもそれを受け入れて前に進んできたんだろうな。

ということを感じていました。

フィリピンの子どもたちが抱える現実

貧困家庭に産まれたり、親に虐待されながらも育って来た子どもたちは、

このような理不尽な困難を幼い頃から受けて育っています。

そして良くも悪くも子どもたちはその現実を自分の人生だと受け入れて、

日々前に進んでいく力を見につけ生きていっています。







-フィリピンの子どもたち

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